サチ子さんの日常 第二章

 「猫は一般的に、自身の主権を宣言し、威風堂々とテーブルの上の醤油瓶をひっくり返します。そして大きな委屈を成し遂げたかのように、ニャーと一声鳴いてその場を軽やかに立ち去ります」

 猫アレルギーのサチ子さんは、太った大きな猫を飼っています。その猫はサチ子さんのソファを自分の領地だと思っており、しばしば見下したような態度を見せます。

 サチ子さんは猫を追い払ってソファに座り、ソファに散らばった猫の毛によってくしゃみが触発されます。くしゃみ一つ一つは、鼻から自分の魂を吹き出そうとするかのようでした。

 サチ子さんは両方の鼻孔に白いティッシュを詰め込み、苦しい口呼吸をしながらノートパソコンを開きました。仕事のグループチャットでは、上司がジャングルの長い腕のサルのような手振りで、独自の世界を広げています。メッセージを送るたびに、彼は傲慢にも全員をメンションします。一つ一つの言葉は、大きな蒟蒻ゼリーのようで、カロリーはほとんどありませんが、噛んで飲み込むのに口周りの筋肉を使う必要があります。

 いくつかの仕事のメールを機械的に返信した後、サチ子さんは鼻孔から詰まったティッシュを取り出し、底の見えないゴミ箱に捨てました。ゴミ箱は底が見えないほど深く、一杯になったと思った時でも、努力すればもう1、2個のティッシュを詰めることができます。

 猫がサチ子さんの上に飛び乗り、小さなステップで一周回って、ふくよかな体を収めるスペースを探しました。サチ子さんはソファからおとなしく足を滑らせ、半分寝そべるような体勢をとりました。猫はついに十分なスペースを手に入れ、太った体をサチ子さんの腹の上で丸めて休みました。サチ子さんは久しぶりに愛情の目で猫を見つめ、手で艶やかな毛並み撫でました。一回、二回、三回、猫はサッと逃げて、耳をブルブルさせると、餌が入った器のそばを一周した後、カリカリと音を立てながらガツガツと食べました。サチ子さんは次に何をするか予測することが出来ない猫の思考回路に感心しました。

 在宅勤務の時間でありながら、サチ子さんはこっそりと携帯電話を取り出し、ゲームを開きました。ガチャを引く画面で逡巡していましたが、最終的には心を鬼にしてアプリを閉じました。それからしばらく、サチ子さんは目を閉じて瞑想しました。

「衝動はダメ、衝動は悪魔だ。金色に光る玉から目当てのキャラクターを引いた瞬間が一番楽しいというのは本当だけれど、その為にお金を使って引いても空虚しか残らない」

 心の中で自分を洗脳する為に暗示を3回繰り返した後、サチ子さんは決心してお金を使いました。

 アイドルが演じる甘くてベタベタした恋愛ドラマでは、主人公たちは生死を共にし、英雄が何度も美女を救う様子が流れています。男の主人公は何でもできますが、「好き」という言葉を決して発さず、まるでその言霊が彼の命を奪うかのように避けています。サチ子さんは少し興味を失いました。

 恋愛は時には猫のような奇妙な思考回路と、ガチャを引くときのような衝動が必要です。そう思ったサチ子さんの視線が、すぐそばにいる仕事から帰ってきてコーヒーを入れている黒柴さんに向けられました。

 黒柴さんはサチ子さんの彼氏です。しかし、サチ子さんは黒柴さんとの関係は恋愛感情で結ばれているというよりかは、革命的な友情に似ていると感じています。柔らかな情愛よりも、ソウルメイトのようにお互いに根源的な結びつきで、栄光と恥を共有する精神があります。

 黒柴さんは、淹れたコーヒーを二つに分け、一つをサチ子さんに渡しました。サチ子さんは労いの表情を浮かべて、「お疲れ様」と言いました。黒柴さんは黙ってコーヒーを置き、スマートフォンでニュースを見始めました。

 黒柴さんはニュースを見ながらサチ子さんに話しかけ続けます。台湾の地震、アイスランドの火山、日本の台風について話しました。サチ子さんはそばで聞いていてほとんど眠ってしまい、返答もますます適当になっていきました。サチ子さんはそれらの出来事には関心がありません。自分以外のことは何も気にしません。

 サチ子さんは世界の災害や政治の陰謀には興味がありません。しかし、黒柴さんが自分の名を呼ぶ口調の変化には敏感だったり、猫が下痢をしていないか、自分の投稿した記事には、いくつかいいねがあるか、黒柴さんが自分よりも早く欲しいキャラクターを引けたのかどうかに気を配ります。

 サチ子さんは提出する予定のプロジェクト企画書を3度チェックし、大きな深呼吸とともに決心をして、長腕ザルの上司にメールを送りました。そして、重々しくコンピューターを閉じて、ソファで横になると、今日のラウンドを倒れることなく終えました。

 キッチンからは、黒柴さんがイライラして叫ぶ声が聞こえました。

 「なんでゴミ箱がこんなにいっぱいになったのに、交換しないの?」

 怒りの感情が身体に充満して、ソファから勢いよく飛び出すサチ子さんは、可笑しくもいつもより元気に見えました。サチ子さんは躊躇うことなく側のハンドペーパーを数枚取り、ゴミ箱に入れると、体重を掛けて上から押し込みました。紙は静かにゴミの海に沈み、サチ子さんはゆっくりとゴミ箱の蓋を下ろしました。その様子を眺めている黒柴さんの無言の視線に応えることなく、サチ子さんはぶつぶつと言いました。

 「ゴミを入れて蓋ができるってことは、まだ余裕があるってことやん」

 工夫してまだ入れることが出来るのであれば、それはまだいっぱいではないことを証明しています。これは、サチ子さんの自己満足の生活の知恵です。

    コメントを残す

    Novel

    前の記事

    ToiReincarnation
    Haiku

    次の記事

    俳句1