彗星と彼岸花
整骨院から駅へ。
駅前に人だかりが。人身事故らしい。改札を出ようとした女性がピッとして出れなくて眉をひそめ、精算機の方へ逸れていった。
時間を潰さなきゃいけない。ドトールか、喫茶店か。
喫茶店にした。初めて行く店。
ハムサンドとアイスコーヒーを注文。スマホでさっきの人身事故を調べる。すると、もう運転が再開しているようだった。でもまあ、しばらくここでゆっくりすることにした。
絵を描きたい——描くことにした。
彗星ドローイング。ブラッドフィールド彗星。
描き損じてマジックペンで紙をはみだしてしまった。テーブルにシュッとインクがついた。
ドトールなら黙っていたが、レトロな喫茶店のテーブルはちょっとそうはいかない。正直に言うしかない。緊張した。……そこのコンビニで消すやつ買ってきます! という文言をシミュレーションして手をあげ、店員さんをお呼びする……緊張するが、汚れを指し示しながら、ここにマジックでシュッとやっちゃって……と説明が言い終わる前にすぐ「ああ大丈夫大丈夫。マジックリンで落ちるから」と店員さんは厨房脇からマジックリンを取り出してきて、でもそれでは落ちなくて、焦るが、「そしたらじゃあアレ」と今度は白い角砂糖みたいなスポンジを持ってくると、「このこね、すごいのよ」とスポンジにマジックリンを染み込ませ、キュッ、キュッ、と拭いたらたちまち落ちた。安心した。「何でも自由に描いていいですよ」と気を利かせた言葉もくれた。ふーっという心境。
向こうの席に三人のマダム。大阪のマダム。彼岸花、彼岸花、と言っているのが聞こえる。彼岸花が連呼される。彼岸花。彼岸花。テレビで見たとかどうとか。黄色やった! とか。
ふいにマダムの一人が席を立つと、ちょっと間を置いて、「これなんていうん?」と店の植物を指して訊いた。店員さんはその植物の名前を答えたが、カタカナの長い名前に対して、マダムの反応は微妙、きょとんとしている。それまで彼岸花の話をしていた流れで、植物つながりで思いついて言ってみただけなのだろう。
トイレに行くとき、マダム席で三人の中の一人が「うちら友達やから!」と言って奢ろうとして、前のめりになっているのを、あとの二人が、いいっていいってと抑えている様子が見えた。