星座
星乃珈琲店。
隣席に若いカップルが来た。二十歳前後くらい。
バイト先の残業で寝不足だという女の子。小柄な彼女は、「くん」をつけた下の名前で彼氏のことを呼んでいる。彼氏は程よくオシャレな感じで、お喋りよりも趣味のゲームが好きそうな人。
話題は彼女が振る。日常的なことを楽しそうに話す。一方、彼氏は、ボトッと分厚い財布を落としたような鈍い返答で会話を終わらせてしまう。それでブツブツ途切れた会話になる。もっと率直な返しでいいのに。
かと思ったら、前触れなく不自然なテンションで、急に漫画の話を始めたりする……
ふいに彼氏が、続けざまに同じことを言って即座に「なんで二回ゆったん(笑)」と彼女が苦笑した。
その後しばらくして、なんか、見ていないので状況はよくわからないけれど、二人の手と手がテーブルの上でどうにかなっていて、じゃれ合っているのだが、彼氏が急にイタズラ? で強く何かをして女の子がいてててて痛い痛いと困りながら笑った。
バイト先のコンビニの話。若いアルバイトにも敬語で話す店長が最初は若干苦手だったけど最近は仲がいい、と職場の人間関係を話す彼女。わからないことがあって店長に質問したとき、軽くこうしとけばいいよ~ってチョイチョイって言ってくれたら安心するのに、「はい」「です」「ます」でなんか…… 。店長は女の人で、それを聞いて、女の人?! と彼氏が驚いた。隣で聞いていた自分にも意外だった。
離れた場所にあるトイレから店に戻るとき、入口の前の大きな階段を下りて帰っていく二人の背中が見えた。少し彼女が斜めに傾いて見えた気がした。
カップルがいた席のもういっこ向こうの席に働き盛りの男女二人組。ソシャゲのワーム(ワームA)を男の人が話の中で何かの比喩に用い、女の人はそれはやったことないけど別のやったことあるというワームゲームの名前を言って(ワームB)、すると男の人はそれワームAの派生ですよたぶんと説明していた。
そろそろ店を出る。ストローを摘み、残りのアイスコーヒーを啜る。
いてててて痛い痛い
どういうわけか、その声がまだ耳に残っている。その表情は見ていない。見ていないが、脳裡にこびりついて離れない変な感じだ。星座のようにそこにある感じ。困りながら笑う表情が、表情だけで、顔面から分離して宙に浮き上がると、そのままプカプカと舞い昇って、空のてっぺんにさしかかったところでそこに貼り付き、テントに皺が寄るように、空の領域にゆがみがつくられる。眉毛を「ハ」の字に狭める——字の払うところ ① 筆を上から左下へと運ぶカーブ ② 筆を上から右下に流して弧を描く——それが、苦笑する目尻が作り出すカーブと、弧と弧で向かい合う。弧、弧、弧、弧。吊り上がった口角。
いてててて痛い痛い
いてててて痛い痛い
声はだんだん遠のいていき、引き攣った表情だけが痕跡となって残っている。