シャベルで土を掘る音が聞こえる。このザクザクという音は、夏の湿った暑さを紛らわすために開けられた窓から忍び入るように聞こえてくる。

 「また大島のやつが何かを埋めているぞ」

 誰かがそう呟くと、矢継ぎ早にそのざわめきは広がっていき、すぐに教室の中を飽和させた。先生は噛んでいたガムを吐き出して、教科書を開いたまま教壇に置くと、

 「いつものが始まるぞ、みんな窓際に集まれ!」

バスケットゴールの真下で、手を泥で汚した大島が必死に穴を掘っている。校舎の中では、先生は授業を放り出し、皆が窓際で肩を寄せ合って大島の姿を眺めている。やがていつものように、指導教員の体育教師が軍人のような足取りで大島のもとへ詰め寄った。近づいてくる体育教師には目もくれず穴を掘り続ける大島を勢いよく蹴り飛ばした。大島はサイコロのように転がり、先生は間髪をいれずに再び蹴り上げ、制服の襟を掴んで大島を立たせると、顔や胸、背中を何度も殴打した。鈍い音が校舎に伝わる度に校舎からは歓声が鳴り響いた。先生が殴り疲れ肩を揺らしていると、大島はよろめきながら立ち上がり、再びバスケットゴール下へと歩き始めた。大島はポケットから消しゴムを一つ取り出すと、その掘った穴に投げ入れた。

 「お前は、一体全体、何のためにそんなもん埋めとるんじゃ!」

 「私たちのためだよ」

 一人、きちんと自分の席に座り化学の問題を解き続けている佐々木は代弁するようにつぶやいた。風はないのにカーテンが大きく揺れた。上から下、温度差、光の正体は何だっけ?消しゴムを埋め終えた大島は窓から飛びでている沢山の首を観察する。大島と目が合うと、首の裏筋に痒みを感じて掻かずにはいられない。薔薇を愛し続けてもらうためにシクラメンを踏みつける。みんなギョッと萎縮してしまい、気がつくと授業を再開してしまっている。

誰も大島が何をしたいのかを理解できなかったし、その先を考えるのは得体の知れない怖さがあった。砂と血で汚れた大島は何事もなかったように教室に戻ってくると授業に参加し始めた。

「もっと削らないといけないでしょうが!」

先生は発狂しながら生徒の鉛筆を真っ二つに折った。

「もういいです。もう結構です。あなたたちがそんな態度なら、私は必要ないじゃないですか。皆好き勝手にすればいいですよ」

先生がいなくなって、生徒の一人がいやらしく窓から顔を出して先生が廊下の角を曲がるのを見届けると、皆が各々歌い、談話し、マスをかき、勉強を続けたりした。教室の中にある掲示板は乾ききってしまい、張り紙が次々に落ちていった。

その日はマスカットの匂いが辺り全体で香っていた。誰もそれに言及しなかったけれど、みんなその香りのせいで浮き足立っていた。しかし、教室に大島の姿はなかった。土を掘る音はいつも通り教室に聞こえていたけれど、誰も気に留めず授業が進行していた。

「先生、カーテンが燃えています」

白いカーテンの下から黒い煙がモクモクと立ち上がり、赤い炎は凄まじい速さで教室の中へ広がっていった。

「大島の仕業だ!あいつはどこにいる!?」

「また校庭にいます!」

大島はスコップを花壇の土へ突き刺し、校庭の中央へ向かって歩いているところだった。どうして今日に限って、大島が土を掘っていることに誰も気づかなかったのだろう。

「大島!これはお前の仕業か!」

大島は振り返って、軽いサイドステップを踏んでおどけて見せた。校庭のあらゆる場所から、地中がモゾモゾと蠢き始め、途端に全ての穴からウサギが飛び出してきた。ウサギたちは、息の合った動きとステップで大島を囲み大きな輪を作った。火は既に校舎全体に行き渡っていた。窓際に集まって大島とウサギを眺めている。ウサギは合唱をし始め二歩大島の方へ跳ねると、一歩後退するということを繰り返して徐々に大島へ近づいていた。先生や生徒も燃え続ける教室の中でウサギたちと共に歌い始めた。うさぎ達の間の距離が無くなり、綺麗な白い円で大島が囲まれた時、皆が一斉に叫んだ。

「Too Much!! Too Long!! Too Young!!」

校舎で燃え上がる炎は螺旋を描きながら上昇して纏っていき、一閃の内に大島の体を貫き大きな雷鳴のような轟音を上げながら、大島を消し去った。

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    2024/05/11